COP13?そのうちなんとかな〜るだろう〜、ってか

バリ島のヌサドゥア地球温暖化対策を話し合うCOP13が開かれ、
ポスト京都議定書の環境対策の枠組みが検討されていると連日ニュースが伝えているが、
当事者以外の世間の関心と盛り上がりがどうもいまひとつのようなのがなんとも気がかりだ。
ひところよく目にした「持続可能社会」などという言葉はどこに行ったものやらである。
 
現代の「社会の幸福」はほとんど「経済繁栄」と同義に捉えられているが、
これを可能にする大前提は「経済成長」とされている。
だが、「経済成長」とはいずれ枯渇する天然資源を食いつくし、かつ、
処分の限界を超えた廃棄物を吐き出してようやく可能になるものだ。
もちろん地球の環境は限りがあるから、経済成長を前提にする私たちの幸福とは
まるでネズミ講にすがりついているようなものだといえる。
 
だから、「成長経済志向社会」は「持続可能社会」とは矛盾するもので、
私たちはどこかで「経済成長」はあきらめなければならないはずだが、
今もって経済成長ありきの体制下でCO2抑制だの資源保護だのという
持続可能社会の方策を議論している以上は、ロクな結論が出ないのは当然である。
 
つまり、環境保護の行動目標の割り当てを「貧乏の押し付け合い」だと思っている以上は、
地球規模での有効な環境対策など期待できるはずがない。
そこそこの社会インフラや国富を蓄えた先進国ですらそうなのだから、
いわんや後進国刻においてをやである。
  
だがこれは、見方を変えれば
「環境問題を解決する有効な方策は後進国を含む現代世界の貧困問題を一緒に救うことだ」
という共通の行動理念を私たちが持たなければならないということでもあるだろう。
 
これを環境対策のスローガンなどとあいまいにしてはならない。
企業・国家全ての「環境行動倫理」であるべきだ。